対話7

革工房Rim/押野敬子さん

 

押野敬子さん

大阪出身。会社員として勤めるかたわら、独学で革工芸を始める。2004年、京都に移住して「革工房 Rim」をオープン。2011年11月に移転し、現在は御所南に店舗兼工房を構える。ごくシンプルながら、どこか品のあるデザインはもちろん、手縫いをはじめ、全て機械を使わず「手仕事」によって革の小物や鞄を一点ずつ仕上げていく、その温かみのあるやさしい風合いも魅力的。

今回は、革工房Rim/押野敬子さんをゲストにお迎えします。先日の「Rim×kikkabo」のコラボレーションのことや日々の製作のことについて、お話をお聞きしました。

 

――素材も、道具も、技術も違う?

野島:初めてお会いしたのは2011年のことですけど、個人的にはそれ以前から、よく同じ雑誌に掲載していただく機会があったり、共通の知人から噂をお聞きしたりすることが多かったりで。勝手にですけど、Rimさんには親近感を持っていて。

押野:私も同じですよ。なんだか不思議と、昔から知っている人のような気がするんですよね。

野島:今、うちの靴教室にも来て下さってますね。ご感想はいかがですか?

押野:もう、すっごい大変ですよ!全然別世界です。素材も、私が普段扱う革とは厚みや質感が違いますし、革を削るという作業も初めてやりましたし。同じ革と言っても素材、道具、技術……、案外違うものなんですよね。

野島:そうですね。とは言っても、押野さんの場合はやっぱりプロだけあって、断然早いペースで作っておられますけど。

押野:いえいえ、こんなに手間と時間のかかるものだとは……。私も、革を切ったり縫ったりして立体に仕立てることはありますが、靴の場合は引っ張って伸ばして立体に成形していくので、根本的に使う技術が違うんですね。

野島:だからお互いに、使っている道具も違うんです。特に靴の場合は、もともと他の用途があったものを靴づくりに転用したような道具が多いので、革工芸のなかでも少し変わった道具が多いと思いますが……。

押野:そうそう。吉靴房さんをお訪ねすると、見たことのない・使い方も想像できないようなものがたくさんある(笑)案外、共通点は「革」ということだけで、実は全然違うんですよね。でもそれが、かえって面白いと思います。

 

――「Rim×kikkaboコラボレーション

野島:靴づくりの仕事は、アッパー部分を作るほうと、つり込みをかけて靴の形に成形していくほうと、大きく2分野に分かれています。それで、アッパーの仕事のほうは、Rimさんの普段のお仕事の延長でやっていただけるんじゃないかと思って、コラボレーションをお願いしたんです。

押野:できあがったものを見せていただいた時は、それはもう叫んで喜びましたよ!私が野島さんにお預けした一枚の平たい革が、こんなふうにまるく立体的になって戻ってくるのがすごい新鮮ですね。

野島:あっ、でもね、本当のことを言うと、実は、Rimさんの使われる素材には、靴屋としては苦手意識があるんですよ。普段僕が扱っている革よりも、つり込んだ時に革がイマイチ伸びないとか、変な皺が入ってしまうと修正できないとか……。

押野:えっ、そうだったんですか?うわあ、ごめんなさい!

野島:いえ、でも僕は、Rimさんがいつも使う素材だからこそRimさんのテイストが出るんじゃないかと考えていて。現に、僕がサボを作っても絶対にこうはならないようなモノが完成したわけですしね。

押野:基本的には野島さんがデザインも原案を出してくださって、型紙も野島さんに作っていただいて、野島さん主導で作ったものなんですけど……。

野島:それにもかかわらず、こんなにRimさんのテイストが出るというのがすごい。僕は、やっぱり色と素材が大きい要素だと思うんですよ。逆に言うとたったそれだけの要素なのに、Rimさんのものだと一見してわかる。これは、さすがですよね。

 

――デザインの発想の違い

野島:印象的だったのが、デザイン案を持って行って相談を差し上げた時のことなんです。Rimさんが選ばれたのは、いくつかお見せした案のうち、最もシンプルなものでしたね。

押野:ええ。でも、そんなに大それた理由があるわけではないんですよ。素直に一番素敵だと感じたものをお伝えしただけで。それに私は、まず私自身が普段づかいで、自分の工房で履いて作業できるものを作ってみたいなと思ったんです。

野島:そういうのって、僕は、女性ならではの視点のような気がしているんですよね。「自分が欲しいから作る、カワイイから作る」ってさらっと何でもないことのように言われますけど、僕には「カワイイからこうデザインしよう」なんてことは絶対にできません。

押野:えっ?どうしてですか?

野島:ここにステッチを付けるべきなのか、そのステッチにどういう意味があるのか、理屈を考え込んじゃうんですよね。

押野:それって、単に野島さんに技術があって、あれもできる、これもできるって思うからこそでは……。

野島:いや、そうじゃないと思いますよ。僕たちは、デザインの発想の方法が、根本的に違うんだろうと思うんです。そういう直感的なセンスって僕はあまり持ち合わせていないもので、尊敬しますし、Rimさんにお願いして本当によかったです。

押野:わあ、そう言っていただけると幸せです。こちらこそ、ありがとうございます!次回もまた、楽しみにしてますね。

野島:はい、僕もご一緒に作ってみたいものは、まだまだたくさんあるんですよ。今後もぜひ、末永くよろしくお願いします!

(2013年12月12日 革工房Rimにてhttp://www.rim-works.com/

 

対話6

「吉靴房、以前」を振り返る

15年ほど前、吉靴房・野島孝介が浅草の靴メーカーで勤務していた頃のことです。
当時すでに、将来の独立を視野に入れてさまざまな靴や小物をつくっていました。

当時の作品群を見ると、未熟ながらも懐かしいものです。ソール全体にトップリフト(本来は、ヒール部分だけに使われる素材)が貼り付けられている、なんて奇妙な靴もあります。

お金も時間もなくて、道具や素材も十分に揃わない、不自由な草創期でした。しかし今になって振り返ると、制約の多いなかでこそ、吉靴房の靴づくりは洗練されてきたように思います。

現在も、吉靴房の製作は「身近にあるものでつくる、今できる方法だけでやる」というスタンスです。
必要以上に道具や材料を増やしすぎることはありません。

 

—「デザインを意識しない」ということ
独立前に製作した靴のデザインのなかにも、たとえば「左右の区別がない」、「木型を使わない」など、現在の吉靴房のデザインに通じる特徴を持つものがいくつかあります。

これらの靴について、「どうやってデザインを発想するんですか?」と、よく聞かれます。しかし、これはなかなか答えに困る質問です。吉靴房では「デザイン」をあまり意識しないで靴づくりをしているからです。

アイデアを思いついたら、紙にラフスケッチで書きとめて、工房の壁に貼り付けておくことにしています。ただしこれは、まだ単なるアイデアであって「デザイン」ではありません。
ところが、こうしたアイデアを溜め込みつつ日々の製作に没頭していると、ふと「そういえばあのスケッチ、こうやったら実現できそうだ」と思い当たる瞬間があります。

この時点でようやく、ただのアイデアだったものが「デザイン」へと昇華します。吉靴房において「デザイン」とは、具体的につくる手順や道具、素材など、靴づくりに必要な全工程のイメージがすべて揃った時点のものを呼ぶのです。

「吉靴房にとってのデザインとは、つくり方から探っていくもの」、と言い換えてもいいでしょう。

 

-制約の中に、靴づくりの「自由」がある
靴づくりは、制約だらけです。形状も道具もつくり方もすでに確立されており、自分は、先人たちの残した手順をなぞっていくだけ。そのように考えてしまうと、そこに楽しさを見いだせない人もいるかもしれません。

しかし、決まりきったつくり方を踏襲していても、「ここは、なぜこういう方法なんだ?こっちのやり方じゃいけないのか?」と感じることは必ずあるはずです。
現在の靴の「つくり方」は、過去のつくり手たちの試行錯誤の結果です。そこに秘められた謎を解き明かしたいなら、自らの手で、先人の軌跡を追体験するしかありません。

そんな謎を解き明かしていくうちに、靴づくりの「自由」とは、こうした制約の中にこそあると考えるようになりました。

たとえば、すくい縫い(底付けの際に使う技法。通常、完成時には縫い目が隠れて外からは見えなくなる)を例にとってみましょう。「すくい縫いの縫い目って、見えたら支障があるのかな?」ということに疑問を感じて、見える様な形をつくってみました。これは後に、革下駄の試作第一号となります。
もちろん、上手くいかないこともたくさんありましたが、思いがけず「新しいデザイン、面白いデザイン」を発見できるのも、大抵こういう時だと感じています。

これが、先人たちが残してくれたヒントを頼りに、手探りで自分の作品をつくっていくという靴づくりの「自由」であり、醍醐味でもある。――そう考えています。

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その自由を探す姿勢が吉靴房のデザインを形成している最大の要因となり、目新しい形となっているのではないでしょうか。