対話6

「吉靴房、以前」を振り返る

15年ほど前、吉靴房・野島孝介が浅草の靴メーカーで勤務していた頃のことです。
当時すでに、将来の独立を視野に入れてさまざまな靴や小物をつくっていました。

当時の作品群を見ると、未熟ながらも懐かしいものです。ソール全体にトップリフト(本来は、ヒール部分だけに使われる素材)が貼り付けられている、なんて奇妙な靴もあります。

お金も時間もなくて、道具や素材も十分に揃わない、不自由な草創期でした。しかし今になって振り返ると、制約の多いなかでこそ、吉靴房の靴づくりは洗練されてきたように思います。

現在も、吉靴房の製作は「身近にあるものでつくる、今できる方法だけでやる」というスタンスです。
必要以上に道具や材料を増やしすぎることはありません。

 

—「デザインを意識しない」ということ
独立前に製作した靴のデザインのなかにも、たとえば「左右の区別がない」、「木型を使わない」など、現在の吉靴房のデザインに通じる特徴を持つものがいくつかあります。

これらの靴について、「どうやってデザインを発想するんですか?」と、よく聞かれます。しかし、これはなかなか答えに困る質問です。吉靴房では「デザイン」をあまり意識しないで靴づくりをしているからです。

アイデアを思いついたら、紙にラフスケッチで書きとめて、工房の壁に貼り付けておくことにしています。ただしこれは、まだ単なるアイデアであって「デザイン」ではありません。
ところが、こうしたアイデアを溜め込みつつ日々の製作に没頭していると、ふと「そういえばあのスケッチ、こうやったら実現できそうだ」と思い当たる瞬間があります。

この時点でようやく、ただのアイデアだったものが「デザイン」へと昇華します。吉靴房において「デザイン」とは、具体的につくる手順や道具、素材など、靴づくりに必要な全工程のイメージがすべて揃った時点のものを呼ぶのです。

「吉靴房にとってのデザインとは、つくり方から探っていくもの」、と言い換えてもいいでしょう。

 

-制約の中に、靴づくりの「自由」がある
靴づくりは、制約だらけです。形状も道具もつくり方もすでに確立されており、自分は、先人たちの残した手順をなぞっていくだけ。そのように考えてしまうと、そこに楽しさを見いだせない人もいるかもしれません。

しかし、決まりきったつくり方を踏襲していても、「ここは、なぜこういう方法なんだ?こっちのやり方じゃいけないのか?」と感じることは必ずあるはずです。
現在の靴の「つくり方」は、過去のつくり手たちの試行錯誤の結果です。そこに秘められた謎を解き明かしたいなら、自らの手で、先人の軌跡を追体験するしかありません。

そんな謎を解き明かしていくうちに、靴づくりの「自由」とは、こうした制約の中にこそあると考えるようになりました。

たとえば、すくい縫い(底付けの際に使う技法。通常、完成時には縫い目が隠れて外からは見えなくなる)を例にとってみましょう。「すくい縫いの縫い目って、見えたら支障があるのかな?」ということに疑問を感じて、見える様な形をつくってみました。これは後に、革下駄の試作第一号となります。
もちろん、上手くいかないこともたくさんありましたが、思いがけず「新しいデザイン、面白いデザイン」を発見できるのも、大抵こういう時だと感じています。

これが、先人たちが残してくれたヒントを頼りに、手探りで自分の作品をつくっていくという靴づくりの「自由」であり、醍醐味でもある。――そう考えています。

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その自由を探す姿勢が吉靴房のデザインを形成している最大の要因となり、目新しい形となっているのではないでしょうか。